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ぶたをくりくり

学問のすずめへもどる    

●現在の心境
仏教を学ぶと、日本で漢字がはたしてきた役割、その変遷がわかります。お経には意味があるということを知って、その意味を知ると、また考えが変わります。(2011/12/22)


まぜがきをなくそう平成14年4月1日より書き始めました。少しは成果あったようです。平成16年2月文化審議会国語分科会の本答申が出たが、平成15年11月5日答申案とたいして変わらないようだ。(一番下にこの件の記事

★まぜがきとは、「児童」を「児どう」と書くことです。漢字とかなを交ぜて書くので、交ぜ書きといっています。
なぜまぜがきがいけないのか、考えていきます。
私はこれが現在の教育、子供問題の原因のひとつだと考えています。まずこれをやめることからはじめなければ、問題解決はできません。その第一歩が「子ども」表記の追放です。これもまぜがきですね。

戦前の教育を受けた世代、丸谷才一氏などは、旧かな遣いを推進しています。確かに理はありますが、ここではこれを推進しません。参考契沖

教科書問題でも、進歩的ブンカジン?と旧かな組との対立しかないのが現状です。両者に欠けているのは「子供の心」に対する配慮です。教育学なるものを修めれば修めるほど、子供の心から離れていくようです。
小学校の教科書を見れば、もっとアンタンたる気持ちになって、アンポンタンといいたくなります。

★「原こうれい」
 このことばを知っていますか?小学校2年生の教科書にのっています。
「はらこうれい」「げんこうれい」どう読みますか?原高齢といっても、巨人の原監督はそれほど年寄りではないし・・・
原好例、原交霊、いろいろ頭にうかびます。
どうやら「原こう」「れい」らしいです。原鉱零、原稿礼、ここまで来るとわかってきます。原稿例のようですね。
ですが、どこにもこの漢字は書いてありません。「原こうれい」で、ひとまず、意味をおぼえろと二年生にいっても、説明ができません。先生はどう説明しているのでしょうか?「原こう」は文を書いたものとでも・・「れい」はたとえばこんなものとか・・・むつかしい。
簡単にすればなんでも物事はわかりやすくなるわけではありません。逆のほうが多い。

★現在の教科書の問題点を指摘します
教育漢字配当表(昭和43年?)によって、一年生には学を教える。問は三年で教える。だから学問は学もんとなる。
この矛盾が一番ひどいのが、二年生です。近じょ、かん字、せつ明図、人ぶつ、子ども、用いする、じゅん番。
「近じょのえらい人ぶつにせつ明する用いがあると言う」「子どもがじゅん番にかん字を書しゃする」
大人でもとまどうものを、手本として八歳の子供に見せる理由は?
その方針は、一に「教えた漢字は必ず使わせる
        二に「教えてない漢字は一切見せることもしない」ということらしい。
これは、教える側の教師の都合によるもので、児童のためにはならない。教師によるいじめだ。
         うわさでは「教えてない漢字を書いたら叱責する」という方針の教師もいるようです。
子供は一年後に「意」をおぼえなければならない。そのときに初めて「用意」を目にする。「意」を見せずにその意味を説明できるのか?「用い」では大人なら、「もちい」と読む。そのように頭の中に法則のようなものができているからだ。その法則を作るのが教育の役目だ。教育学者はこれをどう説明できるのか?
「用い」を脳に記憶した者が、一年後に「用意」に訂正することは苦痛だ。

★いじめの原因
 習っていない漢字を教室で書くと、その子供は、いじめられるようです。「出る杭はたたかれる」小学生のときから、悪しき村社会を実体験するわけです。それが文科省の教育なのです。教師がその字は書くな、ひらがなにしろというのですから。

★この問題は、おろかな教育者にまかせておいてはだめだ。漢字やことばが、脳にどう焼き付けられ、どう再生されてくるのか、最新の情報を動員し、まともな教育法をつくらなければだめだ。昔の人は、長年の経験によって、よりよい教育法を作り上げてきた。
ところが、戦後の傲慢な猿知恵思想によって、下手な考え休むに似たりどころか、異様な教育法がまかりとおるようになった。
だが、だれも、表立って異論をとなえようとしない。抗議を恐れ、自己の保身のみを考えるから、黙っていようという、岩猿ばかりになった。だから子供はそんな大人を信用しない。

★おそらく文科省でも検討しているのだろうが、この意見に反対する教師はいないとおもう。漢字教育法の改善のための委員会を作ることだ。国語全体だと議論百出でまとまらない。小学校の漢字教育に特化して検討を。
★改善を急がなければならない理由
 民間では漢字検定なども盛んになり、金持ちなら子供にどんどん漢字を覚えさせることができる。だが、その子は学校では知らないふりをする。ずるがしこい、ひねこびた子供ができる。一方、のんきに学校教育を信頼している親の子供が、友人にだしぬかれたことに気づくのは中学に入ってからである。どちらの子供も不幸この上ない。
 (2002/12/1)
★全部音読みにしてみる
 「子供」を無理やり音読みにするとシキョー、スクとなる。学校成績の良い人は、けっしてこんなばかなことはしない。だからだめなのだ。 試しに、本の文を全部音読みで読んでみるとおもしろい。気づくことは漢字二字の語であれば、ほとんど音読みでいけることだ。元々の漢語はもとより、明治時代に作った哲学、社会、会社、などの和製漢語もそうだ。訓読みするのは、買物、植木、鼻血、山城、などだが、音読みできなくもない。バイブツ、ショクボク、ビケツ、サンジョウ。
 名前、地名には訓読みが多い。山田、吉本、正道、良子。
 漢字一字だと、訓読みになることが多い。動く、行く、見る、立つ。動詞や形容詞など。こういうのは、平仮名で書いてさしつかえない。例外は感じる、興じるなど。漢字一字にジルを付けてつくった言葉。
 「彷徨う」と書いてサスラウと読ませる人がいるが、さすらいのアホだ。最近政府の国語のなんとか審議会が出した文にあった。夏目漱石が出鱈目な当て字を好んで使っているので、そういう影響もあるが、戦前の文や、へたな詩に多い。おいおい、このパソコンでは「流離う」なんてのが出た。初めて見た。
 で、漢字二字の名詞は漢字で書かなければだめだ。文になったときわけがわからなくなるから、交ぜ書きはやめましょう。
つい数年前「ら致」と書いていた新聞もすっかり拉致になった。やればできるんだ。なぜ他の語も正さないのか?
 数年前に新聞は「御」を追放処分にしてしまった。「ご飯」「み仏」醜悪だ。御中は「おん中」ではオンナカとしか読めない。

●こんなのありましたので、参考文献として。

産能大学ホームページ  下にのせました。他にも国語教科書についての記述があります。


小学校国語教科書の国語嫌い
(『正論』平成12年6月号 (産経新聞社)より)

t経営情報学部教授 萩野貞樹


世間ではよく、今の教育は詰め込み教育だ、もっとゆとりを持たせるべきだと言われますが、小学校の国語について言えば実情はまったく反対で、詰め込みどころか、なるべく教えないようにするのがトレンドになっています。それだけでなく、教科書には事実に反することが平然と並べられています。

その分かりやすい例としては、漢字の提出のしかたがあります。

  • もうどう犬になる犬
  • 一ついの目
  • 頭骨やせ骨
  • 代表とうろん者

といった書き表し方がされていますが、これが正常な「国語知識」というものでしょうか。今の五年生は、例えばテストで「頭骨やせ骨」と書けばマルですが「頭骨や背骨」と書けばバツなのです。 「代表とうろん者」と書けばマルで「代表と胡乱者」いや、「代表討論者」と書けばバツになります。つまり「頭骨やせ骨」 「代表とうろん者」があくまで「正しい国語知識」とされて教え込まれるのですが、それが来年再来年になれば今度はバツになります。要するに今の小学生は、すぐ使い物にならなくなる知識は強引におぼえさせられている。詰め込みといえば、そういう役に立たぬ知識は詰め込まれているわけです。

漢字指導や敬語指導などから多くの例を引いて、国語教科書が生徒を混乱させ、国語への興味を失わせる材料となっている実情を紹介してみました。



★読売新聞社の情報/

△11月 5日(水)21:43 大人並みに漢字が読める…小学教育で文化審議会が提案
 文化審議会の国語分科会は5日、小学校卒業までに大半の常用漢字
を読めるよう指導内容を検討するとともに、教科書にふりがな表記を
活用して早いうちから漢字を目に触れさせることなどを提案した報告
書案をまとめた。(以下略)・・・

国語を増やし、交ぜ書きをなくすそうだ。早々に実現すべし。やっとここまで来たかと、感無量・・・・
11月 6日朝刊に詳しくのっています。★bk1のコラム「ぶたの歯ぎしり」12回にこの件をとりあげたので、御覧ください。
(平成15年11月9日)

★平成15年11月5日、文部科学大臣に諮問する文化審議会の国語分科会(旧国語審議会と同じと思う)の答申案が発表された。新聞各紙の11月6日朝刊で報道されている。答申案に対する内容の選択は各紙でちがうので面白い。
答申案は「国語の時間を増やす」「本を読まない子供に漢字を教えれば本を読むだろう」「小学校のうちに常用漢字を読めるようにする」などの意見のようだ。全文は見ていない。新聞記事によって書いている。


★「まぜがき」で検索すると、ぶたごや関連ばかりが出る。「交ぜ書き」で検索すると、新聞社のまぜがきについて多くのホームページが出る。この答申を受けて新聞社の対応は劇的に変わると思いたい。新聞社にもまともな人は多いはず。ナベツネさんもひとこというべきだ。自分のところの新聞がめちゃくちゃじゃねーか。地方紙も痴呆紙といわれないように、共同通信の配信記事を垂れ流すな。それでも新聞のつもりか。文化欄も自分で書け。東京のアホ記事にたよるな。

★参考新刊本「国語」の時代−その再生への道筋 塩原経央著 ぎょうせい ¥1429 (平成16年2月25日)
    新聞に連載された国語断想の子供再論もはいっていますが、新聞社の代表が集まって表記を決める、その現場の情報など
一般人には知らされていなかった。産経新聞校閲部長の書いたこの本は日本語に関心のあるもの必読の書。
埼玉出身の塩原氏と九州出身の私では、方言、標準語、ら抜き言葉などどでは、感覚が異なる。
だが、同世代でもあり、「看護師」には違和感あり、詐欺師を思い浮かべてしまう感覚は同じ。賛同するところ大。校閲記者というプロの弁だけに、書斎派の学者や評論家の書いたアホらしい日本語本とは違うのである。

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矢玉四郎はれぶたのぶたごや